時代劇の愉しみ

豪華な調度に彩られた寝室をぼんぼりの柔らかな灯りが照らす。枕屏風の側近く延べられた華やかな夜具。その二枚重ねの豪華な褥の上で柔らかそうな綸子のお引き摺りの部屋着をまとい、鴇色のしごき姿で脇息に寄り添うのは浪路。ゆったりと抜いた衣紋から覗く細いうなじ、その白いうなじにかかる後れ毛が哀れを誘う。
その前で両手を突いて慎んでいるのは雪之丞。紫縮緬の振袖の裾を長く引き、唐織の丸帯を胸高に締めている。
思いのたけを打ち明ける浪路の真心に打たれ、はじめよそよそしかった雪之丞も次第にほだされやがて二人はしっかりと抱き合う。
恋に命を賭ける浪路。浪路の一途な思いを知りながら仇討ちに執念を燃やす雪之丞。
 
これは映画雪之丞変化の一場面で、恋の病に臥す浪路を雪之丞が見舞うシーンだ。
これほど妖しく、艶かしく心躍る映画の場面を他に知らない。
枕屏風、ぼんぼりの薄明かりに包まれた艶かしい夜具、滑らかな絹のお引きずりをまとってそっと抱き合う男と女。
時代劇のエッセンスの詰まった極上のエロチシズムだ。
色気というとすぐに肌を露わにすることを考える向きも多いが、この場面では着衣の乱れは少しもない。しかしそこにはぞくぞくするような色気を感じる。
 
三上於兎吉の名作「雪之丞変化」はこれまで数多く映画化、TVドラマ化されてきた。
物語は勧善懲悪で、波乱万丈、一介の女形が巨悪を斃すという判官贔屓、まさに時代劇の壷にはまっていて映画化にはもってこいの原作なのであろう。
 
先ほどの一場面は市川昆監督の映画のものだ。
雪之丞は長谷川一夫、浪路は若尾文子が演じた。数ある雪之丞変化の中で最高峰に位置すると思う。
このとき長谷川は五十歳を超えていたと思うが、確かな演技力と滲み出る色気で観るものを魅了した。
何年か前、テレビで若手の人気俳優が雪之丞を演じたことがあり、期待して観たのだが、あまりのお粗末な演技に失望したことだった。
だいぶ前になるが、同じくテレビで三輪明宏が連続もので雪之丞をやったことがあった。
こちらは好印象で、再放送でもやってくれないかなと思っている。
 
冒頭の場面は以前Youtubeで観ることができたのだが、今は削除されているようだ。