まだ二十歳になったかならない頃、きっかけは忘れてしまったが何かの折、振袖を着せてもらったことがあった。本格的な女装をするのは初めてであり、周りの評判もまあまあでうれしかったことを覚えている。最初きついと感じた帯の締めつけもしばらくして慣れてくると、むしろ心地よい拘束感を伴って身体になじんだ。
やがて小さな料亭のようなところへ連れていかれ、酒の席となった。いつもはあまり目立たない自分にみんなの視線が注がれ、一座の中心にいることがうれしかった。注がれるままに盃を口に運び、高揚感に浸った。

・・・ふと気が付いて顔を上げると辺りは静まり返っていた。慣れない酒のせいか、私はいつの間にかテーブルにうつ伏せて眠ってしまっていた。何人かいた仲間の姿はすでになく、いつの間にか見知らぬ紳士が横に座っていた。
「よく眠っていたね」
渋い結城を着流しにした紳士はそう言葉をかけると、立ち上がって隣の部屋を隔てるふすまを開けた。そこには華やかな夜具が二つ延べてあった。艶めかしい閨の風情がまぶしく、胸の鼓動が高鳴った。
紳士が促すように手を差し伸べると、私は反射的にその手を握った。私は抱きかかえられるようにして隣室へ運ばれると褥へと崩れ落ちた。白いシーツに華やかな振袖の花が散った。
それまでも似たような場面は何度かあったが、どこか躊躇するものがあり一線を越えるようなことはなかった。
その日は振袖を着ていたことで気持ちが素直になりありのままを受け入れることができた。
振袖姿で褥に横たえられて帯を解かれ、赤い襦袢姿にされると、
「灯りを消して・・・」
私は娘のような気持になってそうつぶやいた。
その日私は初めて女にされた。
その紳士には思いのほか気に入られその後しばらく関係が続いた。
逢瀬の日は近くの美容院で振袖を着せてもらいタクシーで指定の宿へ向かった。小柄で童顔の私は美容院でお化粧してもらうと男には見えなかった。あるときは日本髪に引き振袖まとった半玉姿で料亭の門をくぐったとき、女中さんに本物と間違われて、くすぐったい思いをしたこともあった。
遊びなれた紳士はそんな私を面白がって、金に糸目をつけず贅沢な衣裳をふんだんに贖ってくれた。無謀にも私は以前から憧れていた白無垢の花嫁衣裳をねだったりもした。
二度三度と逢瀬を重ねるうち紳士の巧みな導きにより私は女の悦びに急速に目覚めていった。
初めての夜から数か月もしたある夜、白無垢の花嫁衣裳が仕立て上がり、着せてもらっていた時のことだ。
私はなぜかお支度が進むにつれ感傷的になり、お支度が済んで姿見に映る自分の白無垢姿を目にしたとき目頭が熱くなった。仲居さんに手を引かれながら部屋に戻り紳士の顔を目にした途端、堪えきれず大粒の涙が頬を伝わった。込み上げる感情を抑えきれず私は紳士の胸にしがみついてしゃくり上げた。
紳士は宥めるように背中に手を回すとそのまま私を仮初めの初夜の褥へと導いた。
白無垢姿でお床入りした私はその夜、抑えきれないほどの喜悦に襲われ狂喜し、錯乱した。身体の芯が溶けるような絶頂のうねりが絶え間なく押し寄せ、それはいつ果てるともなく続いた。初めて知る深い女の悦びだった。
女として逝くことの痺れるような愉悦…その誘惑から逃れることはもはや無理と悟った私は普通の男として生きていくことを諦めた。
それ以来数多くの出逢いと別れを繰り返してきたが、もちろん相手は全て男であった。
当時は仕事もあったし普段は男の恰好をして暮らしていたが、洋服姿で殿方に逢うなどということは考えられなかった。
相手は変わっても私は相変わらず振袖をまとって逢瀬を重ね、紅閨の褥に咲く大輪の振袖の花を無残に散らされながら殿方に征服される悦びに酔い痴れた。
ふとした偶然から出逢った紳士に導かれて知った、艶やかな振袖をまとって殿方に抱かれる悦び…その性癖は何十年も経た今でも変わることはない。
さすがに袋帯を締めて娘のような盛装ということは少なくなり、代わりにお引きずり振袖に前帯結びが定番になってきた。

還暦を過ぎた男が振袖をまとってお床入りとは尋常ではないが、それが好きなのだから仕方がない。それにあの方はそんな私を愛しいと言って可愛がってくれる・・・
艶めかしいお引きずりをまとって殿方に抱かれ、女の悦びに随喜の涙を流す・・・
初老の冴えない男にもそれなりの幸せを与えてくれる天に感謝せずにはいられない。







