雪乃幻想(11)

お義父さまのお子をが欲しい・・・そんな唐突な思いが雪乃に心に芽生えたのは先夜のお床入りの最中でございました。
その夜雪乃は床上手の義父さまに焚きつけられた情炎に身を焦がし、女にされた悦びに身も世もないほどに酔い痴れたのでございます。
ああ、雪乃は今、女…うれしい…。でも雪乃はもっと女になりたい…それにはお義父さまのお種を受けて身籠ること…そして義父さまのお子を産むこと…
お褥での睦言ならいざ知らず、あり得ない妄想とわかっていてもその思いは雪乃を捉え、少しずつ心の中で膨らんでいくのでございました。
お義父さまのお種を宿した雪乃はやがて十月十日の月満ちて玉のようなお子を授かる…この妄想に雪乃は疼くような心の昂ぶりを覚えるのでございました。

「お母さま、雪乃は赤ちゃんのお人形が欲しいの…」
ある日とうとう雪乃はお母さまにそうねだったのでございます。
お人形でもよいから赤ちゃんを抱いてみたい・・・お子を産むことが叶わぬ夢と知りながら、せめてその真似事でもして心の慰めにしたいと思ったのでございます。

日を経ずして老舗の人形店から届いたのはおかっぱ頭に振袖をまとった等身大の赤ちゃん人形でございました。
一目で気に入った雪乃はそれからは着物を着せ替えたり、寝かしつけたりとなにくれと世話を焼くのが楽しみになったのでございます。
女の子たちが興ずるお人形遊びを羨まし気に眺めていた子供のころ、今になってその機会が訪れるとはなんと皮肉なものでございましょう。
とはいえ、あどけない顔のお人形と触れていると愛しさが湧いて新鮮な喜びに包まれるのでございました。

「お母さま、ねんねこ袢纏はないかしら…」
抱いたり寝かしつけたりでは飽き足らず、その日雪乃はお引きずりのお部屋着姿でお人形をおんぶしていたのでございます。
雪乃の姿を一瞥したお母さまは、しようのない子ね、といった顔をすると
一旦奥へ引っ込み、綿入れねんねこを手に戻ると、
「あなたはこのねんねこにくるまれて私の背中でよく眠ったものよ」
そう言いながらお母さまはねんねこ袢纏を背中に着せかけてくれたのでございます。
「あなたは妙な子でね、むずかっていてもこのねんねこ袢纏を着ると機嫌がよくなったの」
そういえばこの色柄どこかで見覚えがあるような・・・遠い昔の記憶がかすかな樟脳の香りを伴って懐かしく蘇るのでございました。
幼いころ母におんぶされてくるまれたねんねこ袢纏。今自分が赤ちゃんを背負いながらその同じねんねこ袢纏をまとっている…ああ、こんなことがあるのかしら…夢にも思わなかったことが現実になっているのでございました。
ふんわりと綿を含んだねんねこ袢纏…その懐かしさ、そのやさしさ…
黒いビロードの襟から覗く赤ちゃんのあどけない顔…雪乃は今この子のお母さま…ああ、うれしい…。

夜の帳も降りて辺りにしじまの漂う頃は、雪乃がかりそめの母から妖艶な女へと変わる時でございます。
今宵お母さまは所用によりお出かけでお帰りは夜遅くなりそう。いつもはお母さまにお任せのお閨のお衣裳も今宵は雪乃一人でお着付けしないといけないのでございます。
いつもの白塗りのお化粧の代わりに頬紅をサッと一掃き、口紅を一差し。
紅い鹿の子のお襦袢はいつもより衣紋を大きく抜いて伊達締めをきりっと。自分で着つけると好きなだけ衣紋が抜けるのがうれしい雪乃なのでございます。
薄紫地に一面の桜吹雪をあしらったお引きずり振袖をまとうと二枚重ねの練り絹がしっとりと身体になじむのでございます。
硬い帯は避けて、鴇色繻子の芯抜き帯を前結びにしたのでございます。
一息ついて姿見に見入ると、思いのほか滞りなくお閨のお支度が出来て安どの面持ちの雪乃の姿があったのでございます。

「綾乃ちゃん」
雪乃はお人形にそう話しかけたのでございます。
綾乃はお母さまのお名前。雪乃はお人形をそう呼ぶことにしたのでございます。
寝化粧もほんのり、艶めかしいお寝間の衣裳をまとった雪乃は小さな布団に綾乃を寝かしつけると
「これからお母さまはお父さまのお寝間へ召されて可愛がられてきまますからね。しばらくおとなしくしているのですよ」
そう言いながらふとお人形の顔を見るとなぜかその顔がとても寂しそうに見えたのでございます。
「さあ、そんな顔をしないで…ちょっとの間辛抱してね」
そう言って立ち上がろうとしたその時、雪乃ははっとして身をすくめたのでございます。確かに今聞こえたのは赤ちゃんの泣き声…。
そんなはずはと気を取り直して立ち上がった刹那、またしてもどこからともなく微かな泣き声が…。
気のせいとわかっていても、臆病者の雪乃はそのままやり過ごすことができなかったのでございます。
「お母さまが悪かったわ。綾乃ちゃんは一人になりたくなかったのね。一緒にお父さまのところへ行きましょうね」

あでやかな友禅のお引きずり振袖に緞子の柔らか帯を前結びにした雪乃は、赤ちゃん人形をおんぶするとねんねこ袢纏を羽織ったのでございます。
こんな姿でお義父さまのお寝間へ…お母さまの留守を良いことに雪乃はとんでもない企てを実行しようとしているのでございました。
「お母さま、淫らで恥知らずな雪乃をお赦しください・・・」
雪乃はそう心の中で詫びながらお義父さまのお閨へと歩を進めたのでございます。