春宵(9)

乳母の見立ては間違いない・・・昨今のご城代様を拝察するに乳母はそう確信を深めるのでございます。
ご城代はひと頃の自信に満ちた言動は影をひそめ、お顔の色もさえず何やら憔悴のご様子にございます。
仄聞するところによりますと、政務にも熱が入らず側近のものに任せがちとか。
権力をその手に握り飛ぶ鳥を落とす勢いだったころの覇気は影をひそめ、何やら人が変わったようだと評するものもございます。
それに引き換え若君へのご執心はますます募り、三日に開けずお通いでございます。、
ここ至って乳母は傾城傾国の故事を思わずにはいられないのでございます。
一度顧みれば人の城を傾け、再び顧みれば人の国を傾く
はるか昔の故事が今ここに蘇ろうとしているのでございます。
若君を唐国の伝説の美女になぞらえるのは恐れ多いことながら、もはやそれは疑いないことと存じます。
初めてご城代が下屋敷にお渡りの夜、薄桃色のお振袖に金襴の袴という色小姓姿の若君をご城代の待つご寝所へと送り出したときはなんとも嘆かわしく、この世に神も仏もないものかと思ったものでございます。
始めはほんの遊び心からと思われたご城代でございますが、二度が三度と度重なるうち若君の妖しさに惹かれていったのでございましょう。
夜毎交わす枕の数が増えるほどにご城代の若君への執着はいや増し、深みにはまっていったのでございます。
賢明なる若君は絶望の極みに立たされながらも、己を信じ臥薪嘗胆の思いを貫かれたのでございます。
その思いは若君のお姿に次第に目に見える形となって現れたのでございました。
褥を重ねるごとに色小姓姿の初々しさは、妖しくも艶やかな手弱女振りへと変わっていったのでございます。
迂闊にもご城代は若君の真のお力を侮っていたのでございましょう。
格好の相手と見くびって褥を共にするうち、若君の妖しい色香の虜となり、底知れぬ淫欲地獄へと引き込まれていったのでございます。
ここに至ってご城代はもはや蜘蛛の巣に掛かった獲物同然でございましょう。
それにしてもまだ年端もいかぬ華奢な若君のどこにそのような不思議な魔力が潜んでいるのでございましょう。
これは亡き奥方様のご加護お陰に相違ございません。奥方様の無念の思いが怨念となって若君へ乗り移り、仇敵ご城代を惑わし、狂わせたのでございます。

長話をしているうちに早や日も西に傾き、夜の帳が下りようとしております。
今宵もご城代お渡りの由にございます。
事ここに至り、先に大きな光明を見る思いにございますが油断は禁物、更に心を引き締めるが肝要かと存じます。
こうして若君にお寝間の衣裳をお着せ申すのもあといかほどございましょう。
恐れ多いことながらこのところお支度整った後の若君のお姿は妖しいまでの艶やかさに満ち、空恐ろしいほどにございます。
今宵もそのお姿でご城代を虜にし、緞子の褥を情炎の坩堝と化し、淫欲地獄へと突き落としてやるのでございます。